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最強の魔法少女は絶望の深淵から生まれる〜「魔法少女まどか☆マギカ」における永久機関考(1)

魔法少女まどか☆マギカ 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]いやあ予想通りの展開で心の準備もばっちりできていたにも関わらず、9話の精神的ダメージも相当なものでしたよ...。さやか...(´;ω;`)ブワッ。杏子...・゚・(つД`)・゚・。荘厳なBGMも相まって、ラストバトルの悲壮さが半端じゃありませんでした。たださやか魔女の図体が大きすぎて動きが少ない分、ヴィジュアル的にはちょっと寂しかったかもしれませんね。基本的に歯車飛ばすだけの攻撃でしたし。さやか魔女の影は意味深に描写されていたりもしましたので、このあたりBDでの修正があったらいいな、と期待しておきます。

 杏子の掘り下げが物足りない、という指摘もあるようですが、半分同意で半分反対です。少なくとも1クールという現状の尺では、前も述べたとおりこれ以上はもうどうしようもないでしょう。では仮に2クールあったら?もちろんもっと丁寧に描写されたキャラ達を見たい気もするのですが、今以上に愛着が深まった挙げ句にこんな退場の仕方をされることを考えると...果たして自分がそれだけの精神的負荷に耐えられるか、あんまり自信がありません。1クールという短い期間にこれでもかと濃密に凝縮されたストーリー展開。これも「魔法少女まどか☆マギカ」の魅力の一つなのではないかと思います。

 さらにAパートのキュゥべえの「弁解」も、賛否両論のようですね。エントロピー云々に関しては、個人的に日頃からなじみがあるものですから、全く引っかからずにすんなり入ってきました。後述するようにおそらくこの作品のオチにも関わるので、たぶん落とせません。でも、異星人設定はちょっと蛇足だったかもしれませんね。人はやはり名状しがたいものに魅力を感じるものですから、キュゥべえの正体は不明のままでも良かったのかなあ、とも思います。仮にキュゥべえが異星人ではなくて、宗教的な悪魔だったとしても、あるいは異次元の生物だったとしても、科学的な知識に基づいて行動することとは必ずしも矛盾はしませんし、まどかの置かれた状況にも特に影響はしませんから。なんでもかんでも説明しすぎないで、「サイエンスフィクション」ではなくて「少しふしぎ(by 藤子・F・不二雄大先生)」なSFにとどめておいたほうが、この作品の雰囲気にもあっていた気がします。

 さて、理系でも理解が曖昧なことがある「エントロピー」について、ざっくり知識を整理してみましょう(本当はいろいろと限定しないと成り立たない説明ですが、あくまでざっくりです)。実際には全然別の定義があるのですが、専門的に踏み込まない限りは、エントロピーというのは「無秩序さの度合いを表す尺度」だと思っておけば、だいたい間違いはありません。あくまで状態を表すパラメーターです。エントロピーを説明するときによく使われるのは、コップの水にインクを一滴垂らす実験ですね。混ぜた瞬間の状態は、コップの水とインク一滴が分離しているような状態になっています。この状態を表現しようとしたとき、エントロピーというパラメーターに着目すると、その値は小さく(インクの染料が局所的に集まっている=無秩序さが小さい)なっているわけです。その後インクの染料がコップの水全体に広がって溶液が完全に均一になると、インク染料は水の中全体により無秩序に存在することになりますから、エントロピーというパラメーターは大きくなります。そして、一度インクを薄めてしまうと、いつまで待とうがインクと水が自然に分離するようなことは二度とあり得ない、というのが、有名な「エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)」です。つまり「物理現象は、常にエントロピーが大きくなる方向にしか進行せず、エントロピーが大きい状態から小さい状態へ自然に進むことは絶対にない」ということですね。思いっきりおおざっぱに言ってしまえば、「水は高いところから低いところにしか流れない」のと同じだと理解しておけば良いのではないでしょうか。

 ただしこの「エントロピー増大の法則」が成り立つのは、外界とエネルギーのやりとりが無い場合に限ります。薄まってしまったインクも、熱をかけて(=エネルギーを加えて)水を蒸発させ、水蒸気を別の容器で凝縮させて水に戻してやれば(これが蒸留という操作です)、また濃いインクと水の二つに分離してやることができます。流れ落ちた水でも、ポンプで組み上げてしまえば、低いところから高いところに戻すことができる、というのと同じことですね。
 同じような考え方で、私たちの生命活動も「エントロピー増大の法則」に(一見)反する例としてあげられることがあります。生物の体の中では、多種多数の化学物質が非常に精密に組み合わさって、複雑な機能を発揮しているからです。普通に考えると、生物の体というのは無秩序さとは対極の存在(=エントロピーが小さい状態)にあるのです。でもこれは、水を蒸留して局所的にエントロピーを小さくしたのと同じように、生物が外界から大量のエネルギーを取り入れて、消費している(=生きている)からこそ、保たれている状態です。生体内だけ見ればエントロピーが小さくなったように見えても、それ以上に外界のエントロピーが増大しているわけです。

 これに対して、キュゥべえの説明における「感情エネルギー」は、明確に「エントロピー増大の法則」に反する存在のようですね。といっても、話をわかりにくくする「エントロピー」という言葉をわざわざ使わなくても、キュゥべえの言いたいことは説明できたのではないかとも思います。この言葉、どうも虚淵氏のお気に入りのようなので仕方がないのかな。
 キュゥべえの9話の実際のセリフを見てみますと、

「まどか、君はエントロピーっていう言葉を知ってるかい?」

の次に続くのは

「簡単に例えると、焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わないってことさ」

です。実はこの2番目のセリフは、いきなり持ち出してきた「エントロピー」を直接説明するセリフとしては、厳密に言うとあんまり適切ではありません。どちらかと言えば、エントロピー増大の法則を言い換えた、熱力学第二法則の別の説明になっています。一方、もっと大事なセリフは、その後に出てくる、

「人類の個体数と繁殖力を鑑みれば、一人の人間が生み出す感情エネルギーは、その個体が誕生し、成長するまでに要したエネルギーを凌駕する」

の方です。これってトンデモ科学の代表選手である第二種永久機関そのものなんですね。回せば回すほどエネルギーを無から取り出せる夢の機械。第二種永久機関は、現実社会ではまさに「エントロピー増大の法則に反する」という理由で存在し得ないとされており、「永久機関」という言葉を出した瞬間、その発明は自動的にトンデモ認定されます(熱力学第一法則に反する第一種永久機関というものもありますが、特許法ではどちらの永久機関もはっきりと特許の対象から除外されています。それでも時たまおそまつな記者が新聞記事にしたりして、今でも失笑を買っています)。

 でもこの作品における魔法少女の魔力は、これを覆す存在らしい、と。

魔法少女は第二種永久機関であり、その原動力である「感情エネルギー」は熱力学第二法則に縛られない。

この図式を説明するためにこそ、エントロピーにもどうしても言及したかったのでしょう。そして、この図式はおそらく「魔法少女まどか☆マギカ」という物語のオチにも密接に関係しています。

 どうやらこの作品、これ以外にも熱力学の考え方がその根幹にかなりかかわっているようです。長くなったので、続きは(2)で。

魔法少女まどか☆マギカ Blu-ray Disc BOX(完全生産限定版)

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